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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1044号 判決 1959年10月26日

静岡相互銀行

事実

被控訟人(一審原告、勝訴)株式会社静岡相互銀行は訴外横倉松次郎と昭和三十年十二月二十六日手形取引約定をなしたが、右訴外横倉は昭和三十年十二月二十六日控訴人長田正二と共同で被控訴人に宛て金額十一万円の約束手形を振り出し、被控訴人は右手形を取得した。そこで被控訴人は右手形を支払期日に支払場所に呈示したがその支払を拒絶されたので、控訴人に対し右手形金及びこれに対する完済まで金百円につき一日金五銭の損害金の支払を求める、と主張し、さらに予備的請求として、本件手形に控訴人の印章が押捺されているのは訴外石上一郎によるものであるが、被控訴人としては当時右石上が控訴人の印章を押捺した本件手形に控訴人の印鑑証明書を添付して差し入れた等の事情から、同訴外人に控訴人を代理する権限があると信じ、且つかく信ずるにつき正当の理由を有したのであるから、控訴人は民法第百十条により右石上のなした本件手形振出行為につきその責に任ずべきものである、と主張した。

控訴人長田正二は本件手形は全然知らない、実は昭和三十年十二月下旬頃訴外石上一郎が控訴人の許に来て現在高利で借金しているが利息の支払が大変だから、他の金融会社へ借り替えれば利子も安く月割償還で楽に返済できるから、その保証人になつてくれと再三懇願されたので、それでは六カ月間だけ保証するがその後は保証を取り消すとの約束で右石上に控訴人の印鑑を貸したことがある、それで本件手形も右控訴人の印鑑を盗用して作成したものではないかと思われる。元来控訴人は訴外横倉松次郎とは一面識もなく、事件後横倉を訪ねたところ、横倉は「悪いこととは知りながら君の印鑑を盗用して手形を作成して申訳がない。直ちに保証人を解除する」といつてそのままになつていたものである、と主張した。

理由

控訴人長田が被控訴人主張のように訴外横倉の静岡相互銀行との間の手形取引契約による債務につき連帯保証をなし、本件手形の共同振出人となつたかどうかについて判断するのに、本件手形及び右手形取引契約に関する約定書に共同振出人又は保証人として控訴人の氏名が連記されており、その名下の印影が控訴人の印章を押捺したものであることは控訴人の認めるところであるが、証拠を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、控訴人は昭和三十年十二月中、かねて知合の石上一郎から同人が他から金借するにつき保証をすることを頼まれて承諾し、その保証に関する書類作成のため自己の印章を石上に預けたところ、同人はこれを右目的のために使用することなく、当時株式会社静岡相互銀行から金融を受けるにつきその保証人となるべき者を求めていた訴外横倉のため、同控訴人に無断でこれを使用させるべく、自ら控訴人名義の委任状を偽造して下付を受けた控訴人の印鑑証明書とともに、右印章を横倉に交付し、よつて横倉が被控訴人主張の手形取引約定書及び本件手形に、ほしいままに控訴人の氏名を記し、その下に控訴人の右印章を押捺したことを認めることができる。してみると、本件手形並びに手形取引約定書の控訴人の記名及び印影は真正に成立したものではないから、控訴人が被控訴人主張の連帯保証をなし、横倉と共同で本件手形を振り出したとの被控訴人の主張はこれを認めることができない。

次に被控訴人は予備的主張として、本件手形の振出行為は、石上一郎が控訴人から与えられた代理権の範囲を超えてその代理人としてなしたものであり、被控訴人には右石上に右行為をなす代理権があると信ずべき正当の理由があつたから、控訴人は石上のなした本件手形の振出行為につきその責に任すべきであると主張するので按ずるに、控訴人に代つてその印章を使用し静岡相互銀行との間に被控訴人主張の行為をなした者は、右石上ではなく、控訴人から何らの権限をも与えられていなかつた横倉松次郎であることが明らかであるから、本件の場合においては、民法第百十条の表現代理の法理を適用すべき余地がないものというべく、被控訴人の右主張はこの点において採用することができない。

してみれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は失当としで棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する旨判決した。

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